ホットペッパービューティでケツを拭いたらホットになるのかビューティになるのか問題

(2281字)

  • 教祖

だいぶ前の朝ココで聞いた話。

桐生ココが大学だか大学院だかの進路相談する時期になって、教授に「おそらくあなたは◯◯が天職だ」と言われた。その職業というのは…職業というか微妙ですが、宗教の教祖。

これ、非常に的を射ている。まあ、この方はどの道に進んでも人並み以上の結果を残したでしょうけど。教祖として成功する姿が目に浮かぶ。

カリスマ性というのでしょうか。この手の教祖とか、配信者とかにはそういうものがつきものです。人気の有無に関わらず、多かれ少なかれ持っている。本当に、やろうと思えば悪用できてしまうくらいのものが。受け取る側も、重々気をつけましょう。

 

  • 論破

この前電車に揺られてたら、右のほうのリーマン2人の会話がふと聞こえました。

「論破は…したいよね」

「うん」

ビックリしました。論破…したいんですね。しかもこの2人にとって、それは当たり前のことだった。てっきり否定待ちのネタかと。あるいはコント風漫才の導入かと思いました。

論破してまで、他人を説得させたい。相手の持論を曲げさせて、こちらの主張を飲ませなければならない。そういう必要性に満ちた因果な世界も、この世のどこか身近なところにあるのだなぁ。少し、大人になれた気がしました。

 

  • はねパトサシ飯

なんというか、漫画でいうと前作で絡みのなかった人気キャラが今作でまさかのタッグ的な、そういうワクワク感がありますね、この2人は。単に飯食う約束しただけですけど。

 

ネットサーフィンしているとニュースの見出しが目に入りますが、ときどき「そんなん知らんがな!」というものに出くわします。でも、あれはそういう戦略なんだな、とふと思い直すわけです。

ツッコミは気持ちいいから。あえてツッコミどころを作る。炎上商法にならない程度に。

そういえば、この前杏戸さんの雑談で個人的にツボなエピソードがありました。

ブイアパメンバーで会話中、流れで「もしブイアパにVtuberとして◯◯さんが来たらどうする?」という話に。◯◯さんは、その人にとっての尊敬する人とか、同業の有名プロとか、そういうやつ。花奏さんには「もし野田洋次郎がブイアパにVtuberとして来たら」。もちろん、色々聞きたいことを聞いたり、一緒に音楽作ったりしたい…というところに落ち着きます。ところがですね。鴨見さんに「もし新海誠がブイアパにVtuberとして来たら」どうする?と質問したところ。うーんと悩んだ末にこう答えました。

新海誠は声が可愛くないから、たぶんVtuberになれないし、なっても人気は出ないのだ」

これもある意味で、無自覚なツッコミ誘発。一応双方の意図もわかりますが、若干食い違った。

別に本気で聞いていないんですよね。だってなるわけないし。雲の上の人だし。でも、この回答は対等な立場にいる。バチバチです。

新海誠というのがズレの原因かもしれない。たぶん、リアリスティックな風景や頭身からして作風や方向性が全然違うし、明確な上下関係にない…という意識だったのでしょう。じゃあ誰なら良かったのか。答えは沈黙。

 

  • お気持ちのお気持ち

人気があるとかないとか、もっと多くの人に見てほしいとか、色々あるのでしょうけど。

そもそも全部1桁多いんですよ。同接も、登録者数も。これは過小評価というより、実際同じことをしていた頃を思えば、今がなんと恵まれた環境かと。最初は同接1桁、中堅で2桁、人気者で3桁、超人気者で4桁。登録者数1000でもう大台、万単位なんて限られた人しか踏み入れられない聖域だった。

単純に比較はできませんけどね。戌神ころねのように、以前のファンからは不評でも、数字として大成功な場合もあるわけで。求められるものも、当然変わっている。

結論。戌神さん最初に気づいた人すごいなぁ。

 

  • 『五月雨』の転調

あれだけ言っておきながら今さら、と思われるでしょうが、そうなんです。今さら気づいたんです。『五月雨』の転調。

いや転調そのものにというより、最後のパートがAメロで、それを途中から転調させている(?)ということ。

歌詞の嵌め方が全然違うだけで、ああも新鮮に見せられるんですね。節穴でした。

いや、この場合は耳の穴が塞がっていたのか?

 

  • ミルクボーイが叩かれない理由

ぺこぱと一緒くたにして「人を傷つけない新しい笑い」みたいに言われて、いやいやそんなことないよ!という流れ、よく見かけますよね。

実際、ミルクボーイのネタは関西の伝統的なディスり芸です。大抵は、自分の出身地とかをディスる自虐ものですが、ミルクボーイはあらゆるものにそれをする。自分と関係ないものもディスる。毒舌キャラがウケたのは昔のお話です。

じゃあ、どうして反発を受けないのか。答えは簡単で、漫才まるまる一本、それについての内容だから。もし「コーンフレークは生産者さんの顔が浮かばへんのよ〜」を、別の話の途中でちょろっと触れる程度だったら、反感を買ったでしょう。何かを上げるために別のものを貶すのは、忌み嫌われます。

しかしミルクボーイの場合、ずーっとそれについての話しかしない。なんやかんや言うてるけど、これだけよく観察した上でのことなら「愛のあるいじり」やな。と、一般的には受け取られます。個人的には「愛のあるいじり」って言葉、苦手ですけどね。そんなの人の匙加減だから、虐めと線引きしようもない。

そんなわけで、ミルクボーイはコンプラ全盛の時代にあっても無敵なのです。相手を間違えなければ。

 

 

おしまい。

目尻のシワとシワを合わせて

(497字)

それもまた幸せ。たぶん無理ですけど。

 

ハニストの妹分が出るらしい、名前はシュガーリリック。ユニットと書いてあるので、最初から複数人いるんでしょうね。他と揃えるなら4人ですけど、そんなに人材残っているのかしら?

名前的に音猫案件か、それとも周防案件か。周防さん本人が知らなくても、敢えて運営側が知り合いを連れてくる可能性だって、なくはない。カッコカワイイ系かな?という予測くらい。

恐らくあにまーれに新人を入れたのと同様の判断で、ハニストの場合は新人という形ではなく、妹分とワンクッション敷いた。これまでの流れを見る限り、少なくとも1人はベテランが入るはずなのですが…どうなるでしょうかね。周防さんと関係の深かった人を何名か思い浮かべつつ、待つことにします。

 

そういえば今回のニュースを調べる過程でたまたま気づいたのですが、織田信姫さんが引退表明と。顔が小さくなったあたりから足が遠のいて、最近はなんだか迷走してるイメージでしたので…うーん、驚きだけど納得、かもしれない。詳細を知らないので、なんとも言えませんけどね。最後くらいは見ておきたい気もします。

 

そんな感じの雑談でした。おしまい。

雑記【桃栗三年いちごは毎年】

(1447字)

久しぶりのコメント所感から。コメント欄で返してばかりだったので。

にこふぁみってファンネームはクレバーですよね ダサいという意見も内外で見られますが あにハニトップ勢のパトラの『狂犬』 はねるの『因幡組』が暴徒化しがちなのを見るとなおさら。

風見くくに関しては 『チキンキャラ』『碇シンジのモノマネが切り札』 という2点から見て、 ネガティブキャラのポジションは譲りたくない鉄の意志を感じます。 エヴァに関しては濃いネタも拾ってくるので単に好きなのか、 はたまた新劇場版のブームまで見据えた布石なのか…

ダサいくらいでちょうどいいというやつですね。『狂犬』については非公式なのでなんとも言いづらいのですが、「犬」自体にアグレッシブな解釈をし得る余地が残っていた、とは言えます。ひらがなで「にこにこふぁみりーず」じゃ、弄りようもないですから。元プロ野球選手の和田一浩氏がヤジについて「自分は1種類しかない(のであまり気にならなかった)」と言ったのと、通ずるものがある。斜に構えたダサさではダメで、どう足掻いてもカッコのつかないダサさが肝心です。

風見くくに関してはすっかり失念していたのですが、そういえば鶏でしたね。実際の鶏ってけっこう好戦的ですけど、チキンといえば確かにそうなる。とりあえず諸々馴染んでくるまで様子見ですかね。今は柚原さんのほうに興味が移っています。普通に口が立つ。すべらない話の兵藤大樹で勉強してるだけある。千原ジュニアにかぶれて擬音山盛りよかずっと良い。

 

ここからはのんべんだらり、最近観たアーカイブの話。

「桃栗三年柿八年」って色々続きがあるんですね。「柚は九年」「みかんは二十年」とか。いや、深い意味はないんですけど。

非常に良い関係でしたね。前は久しぶりかつオンラインだったので、まだしっくり来てない感じもありましたが、今回は流石。見せつけてくれたわね、という感じ。こっち来てからの付き合いだと、どうしても「色々出来て声も可愛くて人気Vtuberですご〜い」的なところから入ってしまうので、なかなかこうはならない。良い意味で「別にこいつ大した奴ちゃうやん」と知っているのはデカい。

苺は基本、毎年穫れるみたいですね。

別に初期から知っているだけでそんな思い入れはなかったんですけど、感慨深かった。プロ幼女には出せない、本物の幼女(もうそんな歳ではないのか?)ならではの空気感ですね、ファンも含めて。ある種の聖域。堰代さんがFPSを本気で練習するのも納得。今なお夢は声優らしいので、そこら辺も何か思うところがあるのかしら。声優よりもイラストレーターのほうが、プロに近い気もしますが。本当に上手になりましたね、絵。

娘がいたら、こういう気持ちだったのかなぁ…友人はもう結婚して娘もいるんだよなぁ…などと思い巡って、別の意味で泣きたくなりました。

ま、現実なんてそんなものです。

映像屋ですねぇ。界隈でこういうMVっぽいMVを観るのは、久しぶり。リアル映像中心だからでしょうか。カット割りも、勉強した人感が出ている。ふと前のオリ曲も聴き直しましたが、サビへの向かい方が全体的に似てますね。

 

そんなこんなで、世の中大変ですが、乗り切っていきましょう。

vtuberの卑下は無駄なワンクッション

(1992字)

と、最近風見くくを観ていて思います。

 

めっちゃ卑下するんですよね。何につけても、自分sageから入る。

一般に声真似で戦ってきた人は「元ネタに失礼」的いちゃもんをつけられないよう、どうしても保険をかけたがる傾向にあります。例えるなら「つまらないものですが」と言って「粗品」を渡すあれ。本当に「つまらない粗悪な品物」だと思っていたら、渡すほうが失礼。本音と建前というやつです。

しかしこの前置きが毎度毎度挟まると、テンポがダレる。風見さんの場合、前置きと用意したセリフを除いたらほとんど何も残らないのではと錯覚するくらい、ワンクッション挟まる。笑点の座布団も裸足で逃げ出すレベルです。

 

特にこんな商売をしている以上、自分を下げる手は通用しません。自分を好きじゃなければ、そこまで辿り着きようがないから。ジャニーズにありがちな「親/友達が勝手に応募して気づいたらこうなりました」と同じです。嫌なら断りゃいいだけの話。満更でもないから、今そこにいるんです。

それ自体はどうだっていい。誰しも少なからず自分を好きだし、そうじゃないと生きていけない。問題は、注目されることで成り立つ職種なのに、自分は大した者じゃないとアピールし続けること。これが山奥にひっそり暮らす仙人の言うことならまだ分かりますけど、わざわざネットを通じて世界中に自己を発信する人では、矛盾にしかなりません。

奇しくも最近杏戸さんが、似たことを述べていましたね。「初対面の相手に自分の悪い点をわざわざ言う必要はない」というやつ。

個人的には滅多に意見の合わないタイプですが、これは同意。というかたぶん、就職面接でよく言われることを念頭に話したんでしょうね。悪いことをわざわざ言う必要はない、言うにしても改善中/済までワンセットだと。

それにしても、そつのない方ですね。ついでなので言うと、ファンネームもそつがない。にこにこふぁみりーず、通称にこふぁみというやつ。とっくに指摘済みでしょうが、このネーミングは予め暴徒化を防ぐ狙いが織り込まれてます。ちょっと違うけど「割れ窓理論」ってあるじゃないですか。窓が割れたままにしとくと「ああここはそういうとこなんだ」と無意識に周囲へ伝播して、町の治安がすこぶる悪化するあれ。実際には、札付きのワルな町で困り果てた町長が、窓を直す政策を推し進めて驚くほど改善した、みたいな話でしたっけ。警備体制とか教育制度とか難しいことじゃなくて、窓を直すのがキモだったというやつ。

名前でいうなら、少年院でもそんな話ありますよね。オラついている若者は、少年院だとむしろ誇らしく思ってしまうんです。おれはワルいんだぜって。名前を「少年院」じゃなくて「ハローキティのふわふわマカロンなおうち」とかにして、内装もピンクばっかの少女趣味にしたら、みんな死ぬほど嫌がって二度と来ないよう気をつける、とか。

まあこれは例え話ですけど、名前は大事。「にこにこふぁみりーず」なら「ちくちく言葉はめっ!ぴえん🥺しちゃうょ」的な釘刺しが自然と効くわけです。◯◯組とかだと、そう自称し続けるうちにやっぱりそれっぽい言動に流れやすい。あくまで傾向ですし、そういうネーミングをしている配信者は、大抵そのリスクを承知の上でやっているわけですけれども。

 

風見さんに話を戻すと、配信者なんてのは好きな人がわざわざ観に行くものです。vtuberならやさしい世界効果で尚更。それなのに、その当人が「自分はつまらない」ばかりだと、観る人も気が滅入るでしょう。そのつまらない言うてるものを、好きで観にきた自分は一体なんなんや…って。

丁寧口調は、どうなんでしょうね。他のVだと、有名なのは月ノさんとか。あれは委員長というキャラ設定に則ったもので、濃ゆい中身をどんどん仕出しするからこそ、丁寧口調でもテンポが失われないパターンですね。全く知らないけれど、シスタークレアとかも丁寧口調なのかしら?

椎名唯華の専売特許、三下ムーヴは卑下とは似て非なるものです。あれは我が身可愛さから偉いものに媚び諂い、弱いものにはマウントをとり、いざとなったら躊躇なく他人やリスナーに責任転嫁する芸です。むしろ自分大好き、配信者の手本みたいな属性。

というわけで、色々考えてみてもあの卑下は理解しがたい。ずっと一枚隔てた向こう側みたいな感じ。警戒感というか。謙るのも度が過ぎると、慇懃無礼になりかねません。

 

 

…って、素人のわたしなら思いますけどね!

もちろん彼らはプロですから、わたしの思い及ばぬところで深謀遠慮を巡らしていらっしゃるのでしょう、きっと。

 

慇懃無礼にチャレンジしてみたものの全く続きが思い浮かばなかったので、今日はここでお開きです。また次回お会いしましょう。

 

 

周防パトラのスタートライン

(追記後2512字)

なぜ書きづらかったのか、だんだん分かってきました。

『内緒のモンスター』の記事。四苦八苦してあの時なりのベストを尽くしたけれど、書いてみて日を置いて「こういうことだったのかな」と見えてきた部分がある。

 

ずーっと前の記事で「Vtuberとして確固たる地位を築いて、音楽でも自分なりに色々試す猶予・チャンスを得たはず」という趣旨のことを書きましたね。ようやく今回が、その第一歩だったわけです。そのことが一にして全であり、それ以外の要素は些事。だから、あの曲自体をどうこう考えようもなかった。

分かりやすいのでYunomiからの脱却ということにしてありますが、それに限らず、また周防さんに限った話でもない。モノ作りで誰もが通る最初の道(真似ぶ=学ぶ)の話。ある種の見習い的な立場(一生懸命真似して基礎固め)から、独り立ちする。自分探しの旅、大海原へいざ漕ぎ出でぬ。そういう話。

 

だから、ここからがやっとスタートなんです。それまで意図的あるいは無意識に使っていた雛形を一旦なしにして、自力でやろうとしたらどうなるのか?という実験。それをして初めて見えてくるものがある。この部分は雛形に頼っていたけど、案外ここはオリジナリティの原石だったな、とか。こういうのは広く知られた手法で、こういうのはあの人の専売特許だな、とか。これはこういう風に出来ていて、ここらへんを自分なりにアレンジすればパクリにはならないな、とか。何もわからないままコピペすればそれはパクリですが、発想の理屈を考えて「じゃあこっちをこう変えたら、そっちはそうなる」というアレンジなら基本OKです。というか、創作ってそういう風に積み重なったもの。「あなたのあれは、こういう風に出来てるのね」というその人なりの解釈。「逆にこういう作り方もできるよね」だっていい。

 

今回に話を戻すと、一旦Yunomiっぽい要素全てに制限をかけ、逆をいくことでどうなるかという試み。それを経て、ようやく「ここが足りないな」「逆にあそこは強みだな」と分かってくる。

この前歌詞に引っかかっている話をしましたが、おそらく、理由はテンポです。言語感覚に変化はなく、それまでは気にするほどでもなかったのが、テンポの速さにより言葉が詰まることで表面化したという風に理解しています。そういうことも、今までと全く違う方向に振ったからこそ見えてきた。

 

そんなわけで『内緒のモンスター』の最大の意味は、スタートラインに立ったことにある。じゃあ次どうするか、あれもしたいこれもしたい、夢が広がるね、という話。歌詞に限定するなら、設定を具体的にしてストーリー性を持たせるもよし、言葉遊びを突き詰めるもよし、可能性は無限大。好きな曲から発想を頂戴するのも、立派な一つの手です。『五月雨』(崎山蒼志)に「蒼」が使われるのを聴いて「よしじゃあ私は桃(色/果物)を使うか」とか。たとえばの話です、流石にド直球すぎるので。「李(すもも)」なら許されますかね?ともかく、これなら別にパクリにはならない。そもそも「蒼=崎山蒼志」かどうかもわかりませんし。勝手にこっちがそう思っただけです。あるいは「『五月雨』って冬と春と夏は出てくるのに秋はないのか…じゃあ私は秋雨の曲にしよ〜」とか。だからどうしたレベルの話です。『たばこ』(コレサワ)を聴いて「なるほど最初に時間設定を示して、次に場所設定を示してスタートするのか〜。それ真似しよ!」別によくある手法ですから、今更何も言われやしません。皆さん、冒頭の歌詞に違和感ありませんでした?「昨日の夜から君がいなくなって24時間がたった」。より文意の伝わりやすい文章校正を頼んだら「君のいなくなった昨日の夜から24時間がたった」になる。報告書で読むのならそれでいい。行ったり戻ったり出来るから。でも歌はそれじゃダメなんです。最初に「昨日の夜から」って聴こえてきて、「あぁ昨日今日の話なのね」ってイメージしやすい状態を作ってあげないと、どんどん歌詞が流れていって頭に入らないまま終わっちゃう。それから「僕はまだ一歩も外には出ていない」を聴いて、「あぁずっとお家にいるのね」となって、だいたいのシチュエーションが掴めてくる。だからお話も頭に入ってきやすい。『天体観測』(BUMP OF CHICKEN)なんて「午前2時フミキリに望遠鏡を担いでった」ですよ。一文目で時間も場所もすぐわかる。ただし過去形になっていることからも伝わるように、当然昔の話。「じゃあ今どうなの」と対比になってくる。思い出話の状況説明にグダグダ時間割いてたら、話が進まない。だからテキパキと必要十分で済ませている。

そうやって、好きな曲をじっくり聴けばいくらでもアイデアは発掘できます。前の記事で五感に訴えるとか、母音と子音にこだわるとか、得意なテーマを作るとか言いましたけど、そんなのベタベタのベタです。みんなやってます。著作権フリーです。

最終的には、曲を聴いただけで「これはあの人の作った曲だな」となるのがベスト。

 

 

つまりは。これからが楽しみ、そういうお話でした。

 

(追記:奇しくも周防さんがオーイシさんへ質問した、歌詞とメロディについては、中井久夫のエッセイからのパラグラフ引用を一つ。

    下宿の隣の部屋には理論物理学者がいて、個物への興味を持つということそれ自体が理解できないらしかった。彼は少数の本を手元に置いているだけであった。たいていの本は買ってくると、表紙を「重い」と言って捨て、飛石のように数式だけを読んで、二百ページくらいの本を一時間もするとごみ箱に直行させるのであった。もっとも、彼が音楽を好み、少数の文学——ジョイスマラルメヴァレリー——を評価していたことを付け加えねばならない。彼が「マラルメはどんな場面でももっとも美しい音を選び、ヴァレリーはその場面にふさわしい音、従って不快な場面では不快な音を使う」と言ったのは、今も至言ではないかと思っている。

これで伝われば幸いです。)

【雑記】最近面白かった配信

(1220字)

おめシスさん、エグいっすね。

生なのに動画流してるのかと思うくらいストレスフリー。いや実際動画もたまに挟まるし、きっちり台本作りとリハもしてるんでしょうけど、それにしても今まで観てきた生中心のVは一体なんだったの…?と思うくらい、軽いカルチャーチョック。たまの配信と毎日やる配信を比べてやるなよ、と思い直しますが、そういえばおめシスは毎日動画を上げているんだった。お手上げ。

 

堰代さんのお誕生日配信。

誕生日配信ってファン感謝デー的な、正直に言うとつまらないものが多いのであまり期待していなかったのですが、珍しく面白かった。3D映えするし、身体動かしているほうが生き生きしてます。

というか、やっぱり堰代さん、何か変わりましたよね。すごくこう…腰が据わってきたというか、目の色が変わったというか。いや、目の色は相変わらず虹色なんですけど。

ちなみにめっちゃ似た色の宝石があります。ムーンストーンという一般的に乳白色〜半透明の石で、その中でもロイヤルブルームーンストーンレインボーって、まんまロイヤルブルーとレインボーが混じってるやつ。さくらももこが「天使の涙か虹のキャンディーみたいだ」と書いたあれ。懐かしいですね、今思うとあの本が自分にとって宝石の入り口で、かつ(珍しいことに)さくらももこの入り口でもありました。未だに亡くなった実感がない。

 

その他待っているシリーズだと、宝鐘さんのサクラ大戦と周防さんのハードコアマイクラ。朝ココは、ホロライブに興味がないと楽しめない要素が増えてきて脱落しました。でも、こうやってピンポイントで待っているものに限って止まりがち。その人自体への興味が薄れても、面白いものは面白い。

アイドル売りが怖いのは、その人自体を好きか否かのコンテンツになるから…って話、随分前にもやりましたね。ホロライブも着々とアイドル路線を突き進んでますが、案の定きな臭さ漂う昨今。何が案の定かって、わたしの目は節穴だからです。定評あり。アイドル部も最初のコンサートやった頃「アイドル部ってすごいなぁ、今一番安定感あるよなぁ」とか思ってましたから。ホロライブもこの前のコンサートで「ホロライブってすごいなぁ、今一番勢いあるよなぁ」とか思ってましたから。実際、今も一番勢いあることに変わりなさそう。アイドル部ほどの一蓮托生ではないので、全体が潰れる心配もない。

男云々は、まあよくある話。居たら居たでやんや言われるし、居なきゃ居ないで問題アリと思われるし、どうにもなりゃしない。配信にのるようなタイミングというのが不味かった。ネットアイドルに限らず、仕事場でいちゃついてたら、誰だってイラッとするでしょう。かの有名な格言「リメンバー み」を、今一度噛み締めて終わるとしましょう。

『内緒のモンスター』の話

(4671字)

因幡さん、逆裁とは目敏いですねぇ。

いや、目敏いというにはメジャータイトルすぎますけど、ちょうど個人的に興味をもったところだったので。某大手実況者が3の佳境で、飛ばし飛ばしに一気見して「なるほど」となりました。画期的なゲーム。4以降の流れも「あぁ…」という感じ。

界隈では大手も未だ手つかずなタイトルのようで(既プレイのオタク語りは有)、プレイヤースキルに依存する要素も少ない、というか謎解きとストーリーの面白さがメインなので初見か否かの影響が大きい…と様々な面で刺さってます。 

 

 

はい。本題に入りましょう。

周防さんの曲の話、定期化してますね。今回はあまり興味を持たなかったのですが、直後の雑談でどことなく引っかかって。

まだ頭の中がまとまっていないので、どこからはじめたものか迷いますが…。

まずは、分かりやすいところから。ボイトレのおかげか、歌い方に変化が見られる。サビの終わりでキュッと上げる処理とか。Bメロ終わりも気持ち上がり目な感じはします。曲全体のラストは真っ直ぐですね。ボイトレ云々というより、歌い方の選択肢を増やしたのかもしれません。気になって過去曲をいくつか聴き直したところ、『ハートサーモグラフィー』は全体的にウィスパー系の歌い方(やっぱりマスターボリュームが大きいような…)。もちろん今回も何箇所かあります。サビに裏声っぽいところも。そのあたりはまた後で触れます。

 

ここからはだいぶぼんやりした話。

雑談の内容込みで考えると、おそらく今回の曲は脱Yunomiが目的の一つにあった。だいぶ極端な気はしますけど。

そも、Yunomiらしさとはなんぞや。よく言われるのは、あのデジタルな感じと和テイストの融合。ボーカルやイラスト含め、甘い感じの仕上がり。あと個人の主観ですが、季節で言えば夏、そして扱われやすいテーマにノスタルジー。単純に『走馬灯ラビリンス』と『ミラクルシュガーランド』が好きなだけかもしれませんが、本人曰くひぐらし(セミ)の鳴き声をよく使うそうなので、全くの見当違いではないはず…?

季節、というのはけっこう大事。季節に限らず舞台設定ですね。シチュエーションを具体的にしてリアリティを出す。特に、視覚以外の五感に訴えること。視覚はあまり長期記憶に寄与しません。人間が社会生活を営む上で最も頼っている情報源で、いちいち長期記憶してたら頭がパンクするし、原始的感覚からだいぶ離れているみたいな理屈だった気もしますが、専門家じゃないのでよく分かりません。ともかく、視覚以外の五感に訴えるのが方法の一つ。例の『たばこ』(コレサワ)なんかはまさにそれですね。話としては別れられたカップルの片割れで、前半は比較的デジタルな情報ベースの思い出、だんだん感覚が戻ってきて、最後はたばこの匂いで落とす。季節ものの例は幾らでもあるどころか、多分ほとんどの楽曲は関係する。テレビでもよく「夏に聴きたい曲ランキング」とか「卒業シーズンに聴きたい一曲」とかやりますし。さっき出た夏のノスタルジーだって、そのまんまな『夏の終わり』(森山直太朗)だったり、『若者のすべて』(フジファブリック)もそうですかね。

ただもちろん、リアリティを出すのが全てではない。逆に観念的な方向に振っていく作り方もある。平たくいうと「ラリってんのかこいつ」みたいな曲ですね。具体名は避けますが、だいたいホントにラリってるから笑えない。あと、リアリティを出しづらい場合もある。曲のテーマとして頻出の恋愛もので、ソロアイドルがやけにリアリティ出すとファンが嫌がる的な。『たばこ』だと、それこそ匂わせすぎと思われる。『桃色片想い』が精一杯です。

 

周防さんの曲に話を戻すと、『ラムネ色クレーター』とかはモロに夏の終わりのノスタルジー。今回はたぶん、そういうYunomiテイストを限りなく排して作ってみたかったのでしょう。和楽器も減らして(orなくして)、アップテンポにする。Cパートには代わりにカッコいいピアノソロが入っています。

 

ここからはもっとぼんやりした話。内容に絡む、個人的印象を切り口にします。

サビを聴いたとき、違和感がありました。特に心で化けるくだりは、サビとしては珍しく開放感のないメロディラインに聴こえた。鬱屈としている。なんとなく、歌詞と音楽の不一致。我慢したいのか、したくないのかよく分からない。でもこれはあくまで個人的な感覚です。それで色々考えてみた。

まず、歌詞優先の曲作りなのかな?という想像。もちろん、あえてというのも考えられる。で、最終的に行き着いたのは転調のこと。

 

もうちょっと詳しく辿ります。

意味内容と音の一致/不一致。少し違いますが、たとえば今更になって個人的にハマっている『五月雨』(崎山蒼志)。

すごく独特な歌い方をします。何の文脈もなくこれだけなら、人によっては下手とか失敗と捉え得る。しかしこの曲に関しては、この歌い方がある意味最も正しい。ざっくり言うと、思春期の敏感さがテーマの曲です。この変声期を通り抜ける途中のような歌声と、やや意識過剰風な歌い方が相応しい。「不安定」「震える」って歌詞を朗々と歌い上げたら、逆に嘘っぽくなります。

歌詞と音のどちらをとるかはその人次第ですが、個人的には音をとるべきだと思います。文字ベースの情報で何かを伝えたいなら、曲である必要がない。一言一句の意味にこだわるなら、小説という形で書いたほうがいい。実際、最近のミュージシャンには小説家を兼ねた人もちらほらいます。

あと、上でリアリティだの観念的だの言っといてなんですが、極論歌詞の内容なんてどうでもいいんです。あとからついてきます。情報に空白があれば人間勝手に埋めちゃう生き物ですから。鳩羽つぐみたく。「好きな理由:歌詞に共感」というのは、後付けもしくは他に思いつかなかった場合の間に合わせに過ぎません(あくまで個人的見解)。西野カナを反例に挙げる方もいらっしゃるでしょうが、あれはむしろ歌詞を捨てた究極系、匠の技です。狙った年代の女性に関して予備調査を入念に行い、ターゲットがみな「分かる〜」と言うであろう最大公約数的なラインギリギリで留めている。可能な限り具体性を持たせず、深い共感までは追い求めない。歌詞による足切りさえ避ければ、ターゲットが聴いているうちに口ずさみたくなる曲を作れるという自信の表れです。

作者と解釈については、ややこしくならない程度にします。一番分かりやすいのは、フェミニストに「この作品はほにゃららの理屈で男根主義が無意識に表れている」みたいなやつです。別に作者を非難する場合に限らず、時代の意識を反映しているみたいな言い方もあります。あるいは、こんなたとえ話。夏目漱石の『三四郎』ってもう山のように文学研究者の解釈があるわけですけど、仮にひょんなことから夏目漱石のラブレターか何かが見つかって「これは君を考えて書いたんだ、他に理由はない」とかあったとしても、はいそれじゃあお終いとはならない。作者の意図によってどうこう出来てる部分はほんの一部で、そこを理解した上でさらにいろんな角度から光を当てる作業に勤しむ変人の集まりなんですから、研究者なんてのは。

一応、周防さんも近しいことは雑談で述べてます。作者の種明かしはなるべくせず、各々自由に考えてほしい、みたいな。でも、やっぱり「こういうことが言いたい」というのが強い作り方なんじゃないかと。歌詞優先というか、もっというと歌詞の内容優先。

じゃあ歌詞に何が残るかといったら、音の要素。さっきの『五月雨』の例はメロディの話でしたが、今言っているのは発音の話です。ラップみたく韻を踏むとかそういうあれではありません。なんなら日本語は動詞が基本最後で似た活用だし、それなりの形には収まる。もっと感覚的な、発音・歌唱した際の心地好さの話。

どういう音が好きかは、人それぞれです。バンドなら、たいていバンド名で分かる。特に子音は好みが出ます。以前に、PPHは女子ウケ全振りのネーミングだなんて話もしましたね。

どういう曲にどういう音を使うか。そのときの音程も重要です。人によっては、最高音のとき必ずこの母音、というのもある。出しやすさも大事なファクターです。『前前前世』(RADWIMPS)はアップテンポのサビで、濁音を使って力を込めますね。使い過ぎると汚くなるので、難しいところですが。『Lemon』(米津玄師)のサビを聴くと、「あ」の音が主役。というかこの人、基本的に子音が消えやすい。母音のみの「あいうえお」に、柔らかい子音(M,N,Yなど)多めの歌詞。『ハチミツ』(Spitz)も結構語感メインに聴こえます。「凍える」「子犬」や「ピーコート」「ポケット」とか。メジャーなミュージシャンの曲はほぼそうでしょうけど、歌って気持ちいいように作られている。

で、周防さんは内容優先じゃないかと言いたいわけです。あくまで憶測。もしかしたら、単純にキーや口・舌のつくりの違いから心地好さのズレが生じて、そう感じるだけかもしれない。

ただ、あえて歌いづらい可能性もある。心の中に我慢して溜めてるものを密かに発散・昇華という内容に合わせて。

 

そんな風にこちゃこちゃ考えてると、ふとラスサビの転調を思い出した。あっちのキーが本来の狙いだったのでは?と。サビの下から2行目に裏声っぽく出す箇所があるんですけど、転調後のラスサビはちょうどいい高さ。きれいに決まっている。元のサビだと、裏声にするにはちょいと低すぎる感じの歌い方。

周防さんは締めに転調よく使いますが、どうなんでしょうね。一般的には減少傾向にあるイメージ。なんとなく、蛇足感があって個人的には苦手…。そこの締め方も腕の見せ所と思って聴いています。あと、その人の安定して出せるギリギリの高さが一番聴いていて気持ちいいタイプなので、そのせいもあるか。少なくとも、転調分を逆算して作るくらいなら、最初からそっちをメインでいいじゃんって。まあ、あくまで一般論です。

 

あっちこっち飛びましたが、結局は脱Yunomiに落ち着きますね。低音ウィスパー系を減らして、アップテンポにして、和楽器も減らして。一度極端に振って、徐々に調整する狙いかな?全部を捨てる必要もないと思いますけどね。そこに積み上げたものもあるわけですから。

たとえば、和楽器じゃなくてルーツの中国楽器を使ってみるとか。そういえば、中国音楽って女子十二楽坊くらいしか知らない。

試しに調べてみたら、バーチャルシンガーが中国にもいて、Yunomi氏も楽曲提供したみたいですね。名前は嫣汐(ヤンシー?イェンシー?)で、そちらは話題にならなかったけれど、その後ガッツリ中国テイストのオリ曲がヒットした…らしい。

中国音楽だけじゃなく、上達中のギターや英語と、色々使えるものはありますから。VBが言っていたように、ふとしたときにケツからプリっと出るんでしょうね、らしさって。