チキチキ!最初に鶴瓶ネタを扱うのは誰だレース!

本日は体調不良により、手短かに。

題名の通りゆるい記事です。

 

vtuberの特徴って色々あると思うんですけど、やっぱり「ネットの流行ネタに敏感」というのも、大きなものの一つとしてあるのでは、と。

今の流行りといえば、そう、増量の化身・鶴瓶。増量神、増量の具現化、増量が服着て歩いている…今や彼の二つ名は、枚挙に暇がありません。麦茶や白だしなどの液体に始まり、キムチやキューちゃんなどの漬け物、さらにはカップ麺、果ては宝くじの当選額まで増やす始末。ネットに強いというのなら、これを使わないという選択肢はないやろ。

もう扱っている方がいらっしゃれば申し訳ないのですが、わたしの知る限りだと、まだこれをネタにできてるvtuberはいらっしゃらないようです。信姫やケリンなら、ヨダレを垂らして飛びつくと思ったのですが。

たしかに、ネタとして扱いづらい面はあります。ただ増えてるだけですからね。

配信者なら、あらゆる関連商品を1時間以内に完食する的な企画にすることは可能かもしれませんが、動画だとやや難易度高めか。使えても小ネタ程度でしょう。

やるなら今のうちですよ。この手のものは賞味期限がありますからね。昔は吉田沙保里最強ネタでキャッキャする時代もありましたが、今じゃすっかり食傷気味。そもそも、男子と戦えば当然負けますし、世界的にまだ発展途上だった女子レスリングに的を絞り、国を挙げて育成していったという背景もある。

まあ、一過性といえば一過性です。

 

でもやっぱり、こういうのに飛びついてこそvtuberの本懐みたいなとこ、あるじゃないですか。

…もしかして、そう思ってるのわたしだけ?

「ココスキ」の及ぼす影響

湊さん、ちょっとゴタついてたんですね。言われるまで気づきませんでした。1ヶ月以上名前も見なかったら「おかしいな」と思ったでしょうけど、1週間で復帰ですか…。VakaTuberも含めて、少し注視したいところです。

 

と、いう話をしようかなーと、なんとなく思っていたのですが。昨日のあれで、吹っ飛びました。あれですあれ。おめシスの動画で紹介されたサイト「ココスキ」。

動画投稿直後は鯖落ちしてましたね。

一応一晩経って、落ち着いた上で見つめてみましょう。

 

おめシスが企画としてその筋の人のところに持ち込み、実装されたという今回のサイト。

YouTubeの元動画(あるいは配信アーカイブ)の指定された部分を直接参照する仕組みのようです。指定は、連続した3秒〜40秒限定。外部での埋め込み視聴を拒否する動画だと、もしかしたら使えないかもしれません。

 

「ココスキ」がどういう方向に転ぶのかは、この界隈で非常に大きな影響をもたらします。

ご存知の通り、この界隈は半分切り抜き動画で成り立っています。需要はある。あり過ぎるくらいにある。で、問題はどの程度このサイトが割り込めるか、シェアを奪い取れるか。

切り抜き動画もだいぶ変わりました。黎明期は、雨後の筍のように現れるvtuberたちを幅広く紹介することに力点が置かれていた。個別のvtuberにスポットを当てる動画は、ある程度テンプレートの出来上がったMAD動画(デビルマンやペニーワイズなど)が主流でしたね。

配信が主流となった今は、切り抜くこと自体の比重が高まった。紹介というよりも、もともと知っている・ファンである人が、長いアーカイブの代わりに観る動画になりつつあります。もう新人の発掘は難しい時代です。実績があり、かつ何らかの企業の名の下デビューして、ようやくスタートラインに立てるレベル。

時代を追うごとに、切り抜き動画もだんだん長くなってきました。興味のない人は最初から捨てて、ファンが見て満足するための動画へと移行しています。

 

 

で、問題は「ココスキ」です。切り抜きと、どこが変わってくるのか?

 

一つ目の差別化は、元動画をそのまま参照すること。

切り抜きというのは、実際のところ、かなりグレーゾーンです。まずYouTubeから元動画をダウンロードする時点で、けっこう危ない。切り抜き動画を推奨するvtuberもいますけど…うーん。切り抜きと転載のスレスレが出たら、どう区別するのか、少し心配。もし本当に推奨するなら、素材をフリーにダウンロードできる状態が必要です。それが無理なら、外注なりなんなりで、キチンとお金を払って素材も提供して…とするか。

↓この記事でも、似た話をした覚えがあります。

切り抜き自体を咎めるわけではありません。ほとんどの人は、ファンゆえに、あるいはボランティア精神で作っています。

でも、なかにはチャンネルを収益化して、切り抜きで儲けようという人だっているわけです。そこらへん、企業側はハッキリさせておかないと。それはいいんですか、ダメなんですか。

元動画を直接参照する「ココスキ」なら、ひとまずそこの懸念は解消されます。違法ダウンロードせずに、好きなvtuberを布教することも可能です。

 

二つ目の差別化は、時間の短さです。先に述べたように、切り抜き動画はだんだん長くなり、そのvtuberを知ってる人が見て楽しむもの、新規バイバイになってきた。そこを一旦引き戻す可能性があります。vtuber全般に興味のある人が、それまで知らなかったvtuberに出会うためのサイトになる。

また、この制限(1シークエンスで40秒以内)は、vtuberの動画作りや配信スタイルに影響を与える可能性があります。切り抜き動画は勝手に手を加えてくれるので、考慮すべきことはほとんどなかった。しかし、もし「ココスキ」での投稿を意識するなら、連続した40秒以内(出来ればもっと短いほうが良い)で、撮れ高を作る必要がある。なるべく間に余計なやり取りを挟まず、そこだけで面白いと思える部分を意図的に生み出さなければ…。少なくとも動画勢は、ワンランク上の編集・組み立てを目指すことになります。配信者は、どうなるか。「ここが今日の撮れ高だ」と悟ったら、コメントとのやり取りも控え、40秒以内に畳み掛けることを意識した配信になるかもしれません。

 

ここに書いた切り抜き動画への潜在的な懸念というのは、きっとほとんどのvtuberファン、そしてvtuber本人もなんとなく感じていたことだと思います。

おめシスが上手いのは、いわゆる物申すわけではなく、それを解消する選択肢をポーンと初手で出してしまう点にあります。

わたしみたいに、文句を言ったり指摘したりは簡単です。でも、それじゃ変わらない。変わらないのはマシな方で、もし名のあるvtuber自身がそういう問題に物申したりしたら、逆に反発を食らったり、話がトンチンカンな方向へ転がって問題がすり替わったりします。

だから、おめシスの今回の動きは、考え得る最も理想的な初動です。

あとは、このサイトがどう育つか。

見ものですね。

 

…今はおめシスのファンサイトみたいになってますけど。

VakaTuberの話

VakaTuberの次回出演者が発表されました。この企画も、安定して大物を呼べるコンテンツになってきましたね。

ぱっと見で1番集客力がありそうなのは、やはり椎名唯華か。大手の次期エース候補ですからね。ゴリゴリ数字を伸ばして赤丸急上昇中のギバラさんもいます。

にじさんじ以外だと、ホロライブの湊あくあも人気者。といっても、わたしは声がかわいい以外の特徴を知りませんが。同じホロライブの白上フブキもほぼ同じ印象で止まってます。万人受けするキレイ目の萌え声で、ゲームスキルもそこそこある、みたいな。流石に今はもうないですが、少し前まではこの2人の数字を見るたび「こんなに人気あるんだ!」とビックリしてました。単純に、わたしがホロライブと接点ないだけなんでしょうね。

PPHはちょっと意外。以前のYuNi枠ですかね?動画中心の企業系3Dで、生放送は珍しい枠。キャラはだいぶ違ってそうですけど。これも輝夜月の二匹目のドジョウ感が拭えなくて…うーん。何度か視聴したはずなんですが、全く記憶にない。微かに残っている印象は、若い女の子をメインターゲットにして作っているのかな?という程度。名前で判断しただけですね。Pの音、半濁音がやたら多いんですが、これは明確に若い女性の好む子音です。逆に濁音は男性に好まれ、女性に嫌われやすい傾向にあります。ステレオタイプなものに過ぎないとは思うのですが、まだまだ根強い。そういう目線でvtuberの名前を比較するのも、面白いかもしれません。

由宇霧というチョイスもかなり意外。というか、こういうエンタメ・バラエティ系でも出るんですね。普段真面目な話をしてる分、この人の捌き方は難しい。司会進行の腕が問われます。

 

めちゃイケのパクリといえばそれまでですけど、まあ、大外れはないです。ネットタレントなんて皆テレビの真似から始まるんだから、真似てるうちに自分の技術を向上させて次第にオリジナリティ出せばいいんです。早い者勝ちですよ、ホントに。『アタック25』とか『フレンドパーク』とか、BSですけど『脳ベルSHOW』とか。料理系なら『男子ごはん』もパクりやすい。『リンカーン』や『ガキ使』『ごっつ』あたりも、ネタの宝庫です。

ただし、単なるトークバラエティはどうあがいても無駄です。あれはタレントの価値で成立してるだけであって、真似するほどの雛形がありませんから。

『走馬灯ラビリンス』が頭から離れない

このブログの記事を読んで、とあるvtuberのファンになり、先日メンバーシップにも入った、という報告を頂きました。まあ、きっかけの一つに過ぎないでしょうけど、こんなにうれしいことはない。

このブログの読者が増えるよりもずっと喜ばしく、意味のあることだと思います。

今さら知りましたけど、comicoで連載も持っていたんですね。これまた懐かしい。comicoも色々ありましたからねぇ…。

 

懐かしついでに言うと、vtuberYouTube配信のチャットを収集・分析しているサイトがあったなぁ…と思い出し、調べてみたところ、コメントの取得は止めたようです(労力とコストのため)。箱ごとのファンのつき方、新規の取り込み具合もわかって、すごく面白かった記憶。ツイッターアカウントで定期的に簡易考察も上げていました。今でもvtuber全体や箱ごとのコメント人数推移などが見られるので、興味深いことには変わりありません。しかし、数字というのは残酷なものですね。全体的に正念場を迎えつつあります。再度見つけ出すのに苦労したので、こっそりURLを…。怒られたらやめます。

 

そうそう、周防さん、ワンマンライブですってね。彼女のライブを観たいという人は多いでしょうし、あれだけ活動していた前世を完全にゼロにしたわけですから、本人もやり足りないのでは?もしかしたら、単にハニストの運営資金が不安なだけかもしれませんが…。

個人的には、行くかどうかちょっと迷ってます。もし行くなら本気でチケット取りに行かないと、すぐ埋まるでしょうね。箱のキャパにもよりますが、なんならこの前のハニストライブより激戦になっても不思議じゃない。

エンターテイナーとしての周防パトラには、それだけの実績と信頼感があります。音楽面は前にも述べたように、Yunomi的音楽から独り立ちするまではあまり興味が湧きません。ただし『走馬灯ラビリンス』的音楽なら、話は別。例の事後的にラスト公演と判明したライブで聴き、未だ頭に残って離れない唯一の曲です。あれは、まだまだ掘り甲斐がある。様々な発展の可能性を秘めている…

…と、勝手に思っております。

紳助と応援と自我

今日は時間がないので手短にゆるく済ませます。

 

島田紳助という人がおりましてね。

まあこの人自身については色々思うところもあるでしょうが、一時は芸能界のてっぺんを取った男です。試しに耳を傾けてみる価値はあります。

その業界のトップに君臨した人の例に漏れず、この人も「芸人とはなんぞや」的な◯◯論を方々で述べています。そのなかでひとつ面白い話がありました。

芸人っていうのはな、人気が出始めると劇場とか舞台とかに若いねーちゃんがいっぱい観に来るようになんねん。でな、すごいキャーキャー言ってくれんねんけど、その人らに向けて漫才やり始めたら芸人おしまいや。すごいキャーキャー言ってくれんねんけど、わざわざ劇場に足運んで観に来てくれててんけどな、正味の話そんなに漫才観とらんのや。応援するために来てるから、正直漫才が面白かろうがつまらなかろうが、どっちでもええねん。だからその人らに向けて漫才し始めたら、どんどん訳分からん方に行ってまう。おれたちがホントの意味で漫才見せてんのはな、テレビの向こうで黙って観てるにいちゃん達やねん。そいつらをな、漫才見して「あぁおもろいわぁ」って言わすの。そのためにネタ作って稽古して漫才すんねん。そいつら意外と真面目に漫才観てるから、そいつらに「おもろい」って言わすにはどうしたらええか、そこを本気で考えて芸人ってやってくもんだとおれは思ってる。劇場のチヤホヤしてくれるお客さんにしか目ぇいかなくなったら、芸人おしまいやでホンマに。

朧な記憶なのでそのままではありませんが、大筋こんなところだったと思います。たしかNSCの生徒に向けた特別授業でしたかね。

おそらく漫才ブームとかがあった時代を経験した上での話なので、まるきり今に通用するとは思いませんが、なるほどと思わせる部分はありますね。色んな分野に当てはめて考えてみると、なかなか興味深い。

別に他意はありません。

 

ところで、何かを応援するというのは意外に厄介な問題を含んでいます。

何かを好きになって、それに対して色んなものを捧げる。時間とか、お金とか。でも人間ですから、ずっと同じ感情、熱量で向かうわけでもない。どこかでふと我に帰る瞬間というのが来ます。そのとき、人は板挟みになる。それまでの何かを好きでいた自分と、今のふと冷静になった自分。

でも、それまでの何かを好きな自分を否定してしまうと、費やした時間やお金も無駄ということになりかねない(実際はそんなこともないとは思いますが…どうなんでしょうね)。なにより、何かを好きでいることで保たれていた自己同一性に揺らぎが生じる。何かを好きだった自分と齟齬をきたさないためにも、あえて冷静さは手放し、頑張って没頭し熱中することで、なんとか自我が崩れないよう耐えていく…。

控えめに言ってそれは、つらくしんどい日々です。そういう人々が一人でも少なくあることを、切に願います。

お知らせなど【料理、音痴etc】

事務的連絡です。

何かというと。今回初めて自主的に非公開を希望する(非公開でも構わない、というのは以前にもありました)コメントがありまして、そういえばそこら辺ハッキリ決めてなかったかもなぁ…と。

そういうわけで、非公開を希望される方はその旨ご記入下されば、そのように取り扱います。どうぞご自由に、というお知らせ。

あと、それに対するリアクションだったり、ブログで書くきっかけに使ったりもナシ、端から見たら何もなかった風にしてほしいとのことであれば、そのようにお書き下さい。今回は書いちゃってますけど、もしダメだったらごめんなさいね。

 

残りは、関係あるんだかないんだかよく分からない、ふんわりした雑記になります。ちょうどネタにもならないネタもあるので…。

 

まず、西園寺さんについて。

酒との相性が良いのは周知の事実ですが、それ以外の強みや展望について少々。

森羅万象と同様、人間というものも無から生まれはしないわけで、特にvtuberは「それまでに磨き上げたスキル・積み上げた経験」の有効活用が大事になってきます。

その意味でいうなら、西園寺さんの場合は料理ですね。朝ご飯配信やハニストチャンネルの料理動画で活用されていますが、ひとつだけ留意点。

中身を考えて料理を作ることと、エンタメとして料理を作ることとは、かなりベクトルの違う能力を要します。エンタメとしての料理といっても色々です。

親子二代で同じ料理番組も務めたレジェンド土井善晴をはじめ、栗原心平(親:栗原はるみ)やケンタロウ(親:小林カツ代)など、なるべくしてなった料理研究家タイプ。

平野レミのように、キャラクターや奇抜なアイデアも含めて地位を確立するタイプ。かの有名な料理バラエティの金字塔『世界の料理ショー』のグラハム・カーも、マシンガントークや観客いじり、あとやたら身体に悪そうな贅沢ぶりが人気の要因だったので、一応このカテゴリですかね。

あるいは料理研究家でなくとも、大泉洋みたいな人だっています。

 

主婦向け?初心者向け?料理しない人向け?

実際作って食べるための料理?見て美味しそうと思えるための料理?ハラハラドキドキするための料理?あるいは料理よりトークがメイン?

本当に色々です。西園寺さんが料理を強みにするなら、そこのアジャストや勉強が今後必要だとわたしは考えています。といっても、土台はあるわけですから、ほんのちょっとしたことの積み重ねなんでしょうね。

 

もう一つの強みは、歌が下手であること。前も言いましたが、皮肉や冗談ではありません。もうこの界隈、歌が上手い人なら山ほどいますから。下手なほうが貴重です。前世でやった歌下手選手権は、キラーコンテンツになる可能性を秘めています。

また、実利的な側面もあります。元SMAPの中居くんでお分かりの通り、アイドルなら音痴は一服の清涼剤です。持ちネタみたいなものだし、ファンも温かい目で見る。ライブでも盛り上げポイントやネタにしやすい。音痴キャラのほうが本人も無駄に緊張せず済みますし、なにより、他のメンバーがかなり楽になる(特に島村さん)。中居くんがいるから、他のメンバーはハードルが下がり、そこそこの歌唱力でも上手い感じがするわけです。同じ音痴でも、島村さんにこの役目は果たせません(性格的に)。ここはひとつ皆を助けると思って、音痴キャラを前面に押し出してみてはいかがでしょうか。

…なんてね!

 

そういえば、お隣の日ノ隈さんは今月毎日投稿と頑張っていますね。ツイッターに上げれば十分とか言われちゃいそうですけど、YouTubeに上げる意味はあると思います。少なくともわたしはツイッターだと見てませんから。中身はともかく、短い動画をコンスタントに上げ続けるのは、長い目で見たら必ずプラスになります。当人の負担は増えますけどね。

 

ハニストとあにまーれも、お向かいとはいえ元々ひとまとめみたいなものでした。それこそ出来た最初はあにまーれハニストスレで、一緒に扱われたり。

匿名掲示板も、まあ不健全というより、vtuberは表立って言えないことが多過ぎて鬱憤が溜まってるのかな…という感じ。ガス抜きは匿名掲示板の立派な社会的役割だと考えているので、それ自体はなんとも思いません。

どのファンの集まりかによって雰囲気がまちまちなのは、個人的に興味深い点。視聴者層の傾向というか、ある一面は見えますね。ほんの一面ですが。

ハニストスレの分離独立も当初はかなり反発ありましたが、今ではなかなか考えにくい。それくらい、グループによってファンは十人十色ということでしょうか。

 

久しぶりに匿名掲示板をのぞいたら、神楽めあアンチスレという文字列を見かけて、ジワジワきましたね。「しまじろうアンチ」とか「アンパンマンアンチ」とか「テニプリ河村隆アンチ」とか、それらと似たシュールさ漂う字面でした。…流石に比較対象が大物すぎますか。

 

大物といえば、バックが強力なのはやっぱり良いものですね。

先日サントリードリームマッチを観に行きましたけど、燦鳥ノムが出てきてビックリ。もちろん動画出演ですけど。大企業のvtuberはこういう使い方や出番があるんだなぁ、としみじみ感じ入った次第でございます。

vtuberのキャラ依存度

前回「もう少し掘り下げる」と言った部分のお話です。

具体的には

最後に、上位陣の実績や実力は十分認識しておりますが、なんというか、もう芸能人レベルなんですよね。振る舞いやこなれ方が。それならいっそプロの編集した地上波のテレビ番組観ようってなっちゃうの、わたしだけかな…。

の部分について。

説明がやや回りくどくなるのですが、結論を先に出すなら、コスパの問題ですね。

おそらく、ちゃんと見れば面白いのだろう、とは思います。登場人物の性格、人間模様、そこに至るまでの背景を理解した上で見るのなら。

付き合いの長い友人となら、どんなゲームで遊んでも楽しいし、なんなら駄弁ってるだけでも延々と暇が潰せます。それと似た感じで、思い入れや繋がりが深いほど、こういうものは満足度が高い。

「芸能人レベル」と書きましたが、上位の企業に属するvtuberたちはもはや事実上芸能人です。実際、売れない声優だけでなくタレントも演者として採用され始めたようですし。

YouTuberもトップ層は芸能人と似た扱いを受けているのと同じで、今vtuberはものすごい勢いでYouTuberの辿った道を追いかけています。男性YouTuberが女性にアイドル的人気を博しているのと逆の現象が、vtuberで起こっているという捉え方も可能です。

テレビより先にYouTubeで娯楽を知る世代が今後増えるなら、テレビタレントとネットタレントの境界線はますます曖昧になっていくかもしれません。

 

話を戻すと、最近の新人は実績からいっても最低限の面白さというのは保証されている。今上位にかけ上がれるのは、イレギュラーがありながらも、ある程度のところにまとめ、撮れ高をつくり、いい感じに着地させられる配信技術の持ち主だけです。「よっ!流石!」と言って拍手してあげたいくらい。

あとはもう個々の感じ方次第です。思い入れがあればあるほど、見所は増えるし、面白さは増大するはず。

 

少し傍道に逸れますが、相対形容詞/絶対形容詞という言葉があります。

「面白い」とか「つまらない」とかは相対的、つまり人によって尺度もまちまちなのでそれ単体では意味を成さず、それを補強するもの(理屈や具体例など)が必要になる。「赤い」だの「黒い」だのは、まあだいたい一致するので説明責任は生じない…。

というような話が、大学入試の英語の参考書に書いてありました。たしか『横山のロジカルリーディング』。懐かしいですね。

で、大学入試の英語長文程度なら、それでいい。基本複雑な話にはならないので。内容自体が複雑過ぎると、英語能力で差別化できず、試験として機能しなくなります。

ただ普通に考えればお分かりの通り、「赤い」や「黒い」も人によってまちまちです。世の中には「私がいるかどうかも疑わしい」とか「この世界は五分前に作られたのかもしれない」とか、酔狂なことを考える人もいます。だから、大抵のことは主観から逃れられないし、人それぞれ。どこにも正解はない。それは承知の上で、皆あーでもないこーでもないと日々過ごしているわけです。

 

で。

仮に上位陣の配信がつまらないとするなら、今あるほとんどのvtuberの配信もつまらないことになります。数字からいっても、中身からいっても。

わたし自身はというと、1番思い入れがあるはずのハニストの配信アーカイブすらめっきり見なくなりました。たまに見ようとはするのですが、端から端までシークバーを動かしても大して画面が変わらなかったりすると、まあいいか、となってそれでお終い。話の内容もメンバーとの絡みか最近の話か次の予定か、そんなとこかな…という感じ。周防氏も以前は雑談配信のネタを予め決めていて、そのときの話題くらいはパッと見で分かるようになっていましたが、そういうのもなくなると、もう本当に見るきっかけすらない。

面白いにしろつまらないにしろ、大体予想がつくものを1時間観続けるというのは、苦行です。

 

無編集の生配信を見て楽しめるかどうかの境目は、そのキャラに愛着があるかとうかです。逆に言えば、一度そのキャラに対する興味を失い離れてしまった視聴者は、ほぼ帰ってこない。

少し前、やや苦し紛れにCTuberという概念が提示され、それなら尚更演者の変更は致命的では?と言われたりもしました。ドラマでいえば、金八先生が突然武田鉄矢じゃなくなるみたいなものですから、そりゃそこまで観てきた視聴者はガックリというか、観る気もなくなるでしょう。毎週役者が変わる新機軸のドラマなら、それはそれで面白いとは思いますが。

前から述べているように、何者かというのはその人の振る舞いを受けて周りが決めることです。我なんぞやを自ら定義していくことほど見てて辛いものはないのですが、それはそれとして、vtuberがキャラクター化すると、コンテンツとしての幅が狭まる。寿命が縮みます。

どんなものもキャラクター化します。その中で固定客がつき、いつものものを求められ、それに応じる。それはそれでいいのです。多かれ少なかれ、みなそうなる。「本人のモノマネ芸人化」が起きると、ちょっとまずいなとは思いますけど。物書きやアーティストでたまにあります。特に、大御所。どうやって創作してたかもう分からなくなって、求められるまま昔の自分を必死で真似てなんとかやり過ごすパターン。たいてい誰も幸せになりません。

 

また話が逸れましたが、腕の問題ではなく、生放送ってどうしてもそういうとこあるよね、という話。純粋に面白さを求めて観るものじゃない。打ち切り間際の『笑っていいとも!』がどんな風だったか、覚えているでしょう?

 

単発ものの動画なら、一度離れてもまた興味を持つ可能性はあります。個人的には、最近またおめシスを観るようになりました。別におめシスのファンじゃなくても、楽しめるように作られている。キャラ付けも二人の関係性もシンプル。ニッチなジャンルの話でも、姉妹の片方が知らない人の代弁者役を務めてガス抜きをする。そういう余地があるコンテンツは、比較的長持ちします。最近見直して面白かったのは、裁判所とかフォント変更のやつですかね。YouTuberとvtuberのフォントの違いはなるほど、となりました。

結局テロップ付きの短い動画は視聴者に要求するものも少ないので(時間的にも内容理解的にも)、アクセスするハードルが低い。短い動画でも、寸劇系はキャラ依存なので新規にはやや敷居が高い印象。あるあるネタとかなら、まだとっつきようもありますけど。

 

掘り下げるはずが横にばっかり掘り進んでしまいましたが、要は

  • キャラクターにどこまで頼るのか
  • 作り手はどこにエネルギーを注力するのか
  • 受け手にどこまで求めるのか

といったあたりでしょうか。

まとまりのない話ですみません。現状では、これがわたしの限界です。たぶん、あと10年くらい経ったら、もう少しハッキリしてくると思うのですが…。