『内緒のモンスター』の話

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因幡さん、逆裁とは目敏いですねぇ。

いや、目敏いというにはメジャータイトルすぎますけど、ちょうど個人的に興味をもったところだったので。某大手実況者が3の佳境で、飛ばし飛ばしに一気見して「なるほど」となりました。画期的なゲーム。4以降の流れも「あぁ…」という感じ。

界隈では大手も未だ手つかずなタイトルのようで(既プレイのオタク語りは有)、プレイヤースキルに依存する要素も少ない、というか謎解きとストーリーの面白さがメインなので初見か否かの影響が大きい…と様々な面で刺さってます。 

 

 

はい。本題に入りましょう。

周防さんの曲の話、定期化してますね。今回はあまり興味を持たなかったのですが、直後の雑談でどことなく引っかかって。

まだ頭の中がまとまっていないので、どこからはじめたものか迷いますが…。

まずは、分かりやすいところから。ボイトレのおかげか、歌い方に変化が見られる。サビの終わりでキュッと上げる処理とか。Bメロ終わりも気持ち上がり目な感じはします。曲全体のラストは真っ直ぐですね。ボイトレ云々というより、歌い方の選択肢を増やしたのかもしれません。気になって過去曲をいくつか聴き直したところ、『ハートサーモグラフィー』は全体的にウィスパー系の歌い方(やっぱりマスターボリュームが大きいような…)。もちろん今回も何箇所かあります。サビに裏声っぽいところも。そのあたりはまた後で触れます。

 

ここからはだいぶぼんやりした話。

雑談の内容込みで考えると、おそらく今回の曲は脱Yunomiが目的の一つにあった。だいぶ極端な気はしますけど。

そも、Yunomiらしさとはなんぞや。よく言われるのは、あのデジタルな感じと和テイストの融合。ボーカルやイラスト含め、甘い感じの仕上がり。あと個人の主観ですが、季節で言えば夏、そして扱われやすいテーマにノスタルジー。単純に『走馬灯ラビリンス』と『ミラクルシュガーランド』が好きなだけかもしれませんが、本人曰くひぐらし(セミ)の鳴き声をよく使うそうなので、全くの見当違いではないはず…?

季節、というのはけっこう大事。季節に限らず舞台設定ですね。シチュエーションを具体的にしてリアリティを出す。特に、視覚以外の五感に訴えること。視覚はあまり長期記憶に寄与しません。人間が社会生活を営む上で最も頼っている情報源で、いちいち長期記憶してたら頭がパンクするし、原始的感覚からだいぶ離れているみたいな理屈だった気もしますが、専門家じゃないのでよく分かりません。ともかく、視覚以外の五感に訴えるのが方法の一つ。例の『たばこ』(コレサワ)なんかはまさにそれですね。話としては別れられたカップルの片割れで、前半は比較的デジタルな情報ベースの思い出、だんだん感覚が戻ってきて、最後はたばこの匂いで落とす。季節ものの例は幾らでもあるどころか、多分ほとんどの楽曲は関係する。テレビでもよく「夏に聴きたい曲ランキング」とか「卒業シーズンに聴きたい一曲」とかやりますし。さっき出た夏のノスタルジーだって、そのまんまな『夏の終わり』(森山直太朗)だったり、『若者のすべて』(フジファブリック)もそうですかね。

ただもちろん、リアリティを出すのが全てではない。逆に観念的な方向に振っていく作り方もある。平たくいうと「ラリってんのかこいつ」みたいな曲ですね。具体名は避けますが、だいたいホントにラリってるから笑えない。あと、リアリティを出しづらい場合もある。曲のテーマとして頻出の恋愛もので、ソロアイドルがやけにリアリティ出すとファンが嫌がる的な。『たばこ』だと、それこそ匂わせすぎと思われる。『桃色片想い』が精一杯です。

 

周防さんの曲に話を戻すと、『ラムネ色クレーター』とかはモロに夏の終わりのノスタルジー。今回はたぶん、そういうYunomiテイストを限りなく排して作ってみたかったのでしょう。和楽器も減らして(orなくして)、アップテンポにする。Cパートには代わりにカッコいいピアノソロが入っています。

 

ここからはもっとぼんやりした話。内容に絡む、個人的印象を切り口にします。

サビを聴いたとき、違和感がありました。特に心で化けるくだりは、サビとしては珍しく開放感のないメロディラインに聴こえた。鬱屈としている。なんとなく、歌詞と音楽の不一致。我慢したいのか、したくないのかよく分からない。でもこれはあくまで個人的な感覚です。それで色々考えてみた。

まず、歌詞優先の曲作りなのかな?という想像。もちろん、あえてというのも考えられる。で、最終的に行き着いたのは転調のこと。

 

もうちょっと詳しく辿ります。

意味内容と音の一致/不一致。少し違いますが、たとえば今更になって個人的にハマっている『五月雨』(崎山蒼志)。

すごく独特な歌い方をします。何の文脈もなくこれだけなら、人によっては下手とか失敗と捉え得る。しかしこの曲に関しては、この歌い方がある意味最も正しい。ざっくり言うと、思春期の敏感さがテーマの曲です。この変声期を通り抜ける途中のような歌声と、やや意識過剰風な歌い方が相応しい。「不安定」「震える」って歌詞を朗々と歌い上げたら、逆に嘘っぽくなります。

歌詞と音のどちらをとるかはその人次第ですが、個人的には音をとるべきだと思います。文字ベースの情報で何かを伝えたいなら、曲である必要がない。一言一句の意味にこだわるなら、小説という形で書いたほうがいい。実際、最近のミュージシャンには小説家を兼ねた人もちらほらいます。

あと、上でリアリティだの観念的だの言っといてなんですが、極論歌詞の内容なんてどうでもいいんです。あとからついてきます。情報に空白があれば人間勝手に埋めちゃう生き物ですから。鳩羽つぐみたく。「好きな理由:歌詞に共感」というのは、後付けもしくは他に思いつかなかった場合の間に合わせに過ぎません(あくまで個人的見解)。西野カナを反例に挙げる方もいらっしゃるでしょうが、あれはむしろ歌詞を捨てた究極系、匠の技です。狙った年代の女性に関して予備調査を入念に行い、ターゲットがみな「分かる〜」と言うであろう最大公約数的なラインギリギリで留めている。可能な限り具体性を持たせず、深い共感までは追い求めない。歌詞による足切りさえ避ければ、ターゲットが聴いているうちに口ずさみたくなる曲を作れるという自信の表れです。

作者と解釈については、ややこしくならない程度にします。一番分かりやすいのは、フェミニストに「この作品はほにゃららの理屈で男根主義が無意識に表れている」みたいなやつです。別に作者を非難する場合に限らず、時代の意識を反映しているみたいな言い方もあります。あるいは、こんなたとえ話。夏目漱石の『三四郎』ってもう山のように文学研究者の解釈があるわけですけど、仮にひょんなことから夏目漱石のラブレターか何かが見つかって「これは君を考えて書いたんだ、他に理由はない」とかあったとしても、はいそれじゃあお終いとはならない。作者の意図によってどうこう出来てる部分はほんの一部で、そこを理解した上でさらにいろんな角度から光を当てる作業に勤しむ変人の集まりなんですから、研究者なんてのは。

一応、周防さんも近しいことは雑談で述べてます。作者の種明かしはなるべくせず、各々自由に考えてほしい、みたいな。でも、やっぱり「こういうことが言いたい」というのが強い作り方なんじゃないかと。歌詞優先というか、もっというと歌詞の内容優先。

じゃあ歌詞に何が残るかといったら、音の要素。さっきの『五月雨』の例はメロディの話でしたが、今言っているのは発音の話です。ラップみたく韻を踏むとかそういうあれではありません。なんなら日本語は動詞が基本最後で似た活用だし、それなりの形には収まる。もっと感覚的な、発音・歌唱した際の心地好さの話。

どういう音が好きかは、人それぞれです。バンドなら、たいていバンド名で分かる。特に子音は好みが出ます。以前に、PPHは女子ウケ全振りのネーミングだなんて話もしましたね。

どういう曲にどういう音を使うか。そのときの音程も重要です。人によっては、最高音のとき必ずこの母音、というのもある。出しやすさも大事なファクターです。『前前前世』(RADWIMPS)はアップテンポのサビで、濁音を使って力を込めますね。使い過ぎると汚くなるので、難しいところですが。『Lemon』(米津玄師)のサビを聴くと、「あ」の音が主役。というかこの人、基本的に子音が消えやすい。母音のみの「あいうえお」に、柔らかい子音(M,N,Yなど)多めの歌詞。『ハチミツ』(Spitz)も結構語感メインに聴こえます。「凍える」「子犬」や「ピーコート」「ポケット」とか。メジャーなミュージシャンの曲はほぼそうでしょうけど、歌って気持ちいいように作られている。

で、周防さんは内容優先じゃないかと言いたいわけです。あくまで憶測。もしかしたら、単純にキーや口・舌のつくりの違いから心地好さのズレが生じて、そう感じるだけかもしれない。

ただ、あえて歌いづらい可能性もある。心の中に我慢して溜めてるものを密かに発散・昇華という内容に合わせて。

 

そんな風にこちゃこちゃ考えてると、ふとラスサビの転調を思い出した。あっちのキーが本来の狙いだったのでは?と。サビの下から2行目に裏声っぽく出す箇所があるんですけど、転調後のラスサビはちょうどいい高さ。きれいに決まっている。元のサビだと、裏声にするにはちょいと低すぎる感じの歌い方。

周防さんは締めに転調よく使いますが、どうなんでしょうね。一般的には減少傾向にあるイメージ。なんとなく、蛇足感があって個人的には苦手…。そこの締め方も腕の見せ所と思って聴いています。あと、その人の安定して出せるギリギリの高さが一番聴いていて気持ちいいタイプなので、そのせいもあるか。少なくとも、転調分を逆算して作るくらいなら、最初からそっちをメインでいいじゃんって。まあ、あくまで一般論です。

 

あっちこっち飛びましたが、結局は脱Yunomiに落ち着きますね。低音ウィスパー系を減らして、アップテンポにして、和楽器も減らして。一度極端に振って、徐々に調整する狙いかな?全部を捨てる必要もないと思いますけどね。そこに積み上げたものもあるわけですから。

たとえば、和楽器じゃなくてルーツの中国楽器を使ってみるとか。そういえば、中国音楽って女子十二楽坊くらいしか知らない。

試しに調べてみたら、バーチャルシンガーが中国にもいて、Yunomi氏も楽曲提供したみたいですね。名前は嫣汐(ヤンシー?イェンシー?)で、そちらは話題にならなかったけれど、その後ガッツリ中国テイストのオリ曲がヒットした…らしい。

中国音楽だけじゃなく、上達中のギターや英語と、色々使えるものはありますから。VBが言っていたように、ふとしたときにケツからプリっと出るんでしょうね、らしさって。